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修了者の声   石黒太祐(2011年度修士課程修了)

研究室を去り、社会で生き抜くために

石黒太祐

チェコ研究を選択した理由

 まず、なぜチェコを選択したのかについて述べることから始めよう。私にとってチェコとは練習問題である。大学時代はヨーロッパよりもアジアについて接する機会の多い、政策研究を学ぶ学部で過ごした。第二言語はタガログ語。模擬国連という国際問題をディベートするサークルに所属し、パレスチナ問題の会議を主催、また学外では全国各地の学生と交流した。東南アジア地域研究者である当時の指導教官に従い、2度カンボジアでの調査に参加した。しかしチェコ研究を選択したのは、チェコスロヴァキア初代大統領トマーシュ・ガリグ・マサリクに関心を持ったからである。私は彼の人格・勇気・行動力に感染した。いかに逆境を乗り越えるのか、所与の条件下において劣勢な者(集団、国家等)が優勢な者に対しいかに立ち向かっていけばよいのか、「小さな」者はいかに自らの同一性と尊厳を維持できるのか。強さ、寛容さ、力とは何か。などといった問いを自らに立て、チェコ研究を通じてその解答を探すことにした。そしてそこから得たヒントやエッセンスを日本・アジアに持ち帰ろうと思った。大学とは卒業する場所である。一定の成果を出したらそこを去り、社会で生きるのだ。以上が札幌に来た理由である。

何を学んだのか

 長らく混迷し紆余曲折した挙句、統治システムの解明という自分の中にあった元々の政策研究指向を再発見し、その原点から今一度始動することにした。同期の皆が修了・進学する中、私一人が依然前進できないことで屈辱の日々であったが、焦る中でも立ち止まり自分の指向性を再確認し成熟できたことで意義ある日々だったとしたい。1970−80年代の「正常化」体制を主題に決めた。人事パターン・権力行使状態・政治裁判を題材に、1950− 60年代・「プラハの春」期の体制と比較することを通じて、「正常化」体制の統治能力を分析する作業を行った。研究を進めるうちに明確化した主題選択の理由は、その時代におけるチェコスロヴァキア社会の状態が今日の日本社会と重なって見えたからである。軍事介入による「プラハの春」の敗北後、失望と諦め、自嘲と憎悪、握手と裏切り―。それなりに日々の暮らしを謳歌する一方で、再び人びとは不安と疑心暗鬼を抱え、公的問題に関わるのを避け、社会から退却していった。統治権力側を研究することにしたが、主題選択のきっかけは「憲章77」に関心を持ったからである。「憲章77」は逆境が人びとを結びつけるのだということ、先の見えない将来の中でリスクを引き受け行動する勇気、人生において信念を持つことの大切さを示した。もちろん人は単純な立場、状況に生きているのではない。時代・社会が変われば価値体系も変わる。党最高幹部が最終的に自ら主導した粛清の標的になり処刑され、終身刑判決を受けた者が後に党書記長になり、あるいは「憲章77」の元政治犯が後に大統領になる―。いくつもの人びとの不条理な体験を知ることで、自らの思考と行動の一貫性を維持すること、仲間を大切にすること、どこまでも可能性を追求することが、今後私と私の大切な仲間たちがこの社会で生きていくのに必要なことだと思い至った。修士課程における個人的成果はこのようなものと捉えている。

可能性の追求

 専門を活かすことについて考えることがある。私の場合、チェコ語とチェコ現代史の知識を活かせる仕事に就くことが専門を活かすことになるのだろう。だが必ずしもそう思わない。私は専門を活かすとは、可能性を追求することだと考えている。チェコ語とチェコの知識を使う機会はどれだけあるだろうか? このような意味での専門に固執すれば、私は自ら将来の可能性を狭めることになる。

 例えば大学で平和構築学を学び国際機関で働きたいと思っていたが、就職先はパン屋の店員になった、としても専門を活かすことができる。兵士を武装解除して社会成員としていかに包摂していくかという課題に取り組んで得た知見は、パンの販売を通じていかに閑散とした駅前通りに人びとを呼び戻すかという課題に取り組む際に活用し得る。私はチェコ語とチェコの知識とは、いかに崩壊した社会を再生させるか、いかに価値体系が激変し何事によっても保障されない中で自分の力で生き抜くのか、いかに他人のために自分の意思を貫くのかといった課題に対する解答に到達するためのアクセス手段にすぎないと捉えていた。チェコ語とチェコの知識という専門は、これまで述べてきた社会で生き抜くヒントやエッセンスを掴むため、つまり可能性を追求するためのものだった。こう考えれば私がこれまで取り組んできたことは、どんな道を歩もうが、どこで生きていようが、何をしていようが十分に活かすことができる。ゆえに我々は、自らの意思で何だって取り組んでもいいし、何だってすることができるのだ。我々の意思次第で常に我々の目の前には、どんな可能性だって開かれている。


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