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修了者の声 井上岳彦(2014年度博士号取得)

ビビビ!っときた、あの瞬間を信じて

井上岳彦(北海道大学大学院文学研究科専門研究員)

 私の場合、大学院修了までに11年という月日が必要でした。その間に多くの方に出会うことができました。人との出会いこそ、この11年間のすべてです。私には感謝の言葉しか出てきません。なかでも宇山智彦先生には本当に感謝するばかりです。半ば呆れていらっしゃったと思いますが、宇山先生が温かく見守ってくださらなかったら、私は博士課程を終えることはできなかったでしょう。その他にも、ここですべての方のお名前を挙げることはできませんが、スラ研の先生、研究員、事務職員、院生の皆さん、本当にどうもありがとうございました。皆さんのご支援なくしては、今の私はなかったと思います。

 さて、これからスラ研に入り研究することを考えている皆さんに対して、私がお伝えできるのは個人的な体験だけです。恥かしい体験談から何かを感じ取ってくださればと思います。大学院の記憶も11年分もあると簡単には思い出せないのですが、それでもやはり強く印象に残っているのは最初の留学のことです。平成18年12月12日から平成19年12月6日までの1年弱、私はロシア連邦カルムィク共和国エリスタ市に留学しました。この留学はもっとも楽しく、そしてもっとも辛いものでした。そのころ個人的な事情で意気消沈していた私は、起死回生を期し借金をしてエリスタに旅立ちました。ところが当時は円安・ルーブル高で(平成19年の年平均レートは、1ルーブル=約4.6円)、私費留学生にはかなり厳しい状況でした。無計画もいいところです。食費を浮かしすぎて、次第に私は精神的にも苦しくなっていきました。たしかに、ひもじかったです。月に一度大学の食堂で食事するのが私のささやかな楽しみでした。大学から寮の代わりにあてがわれた予防診療所にひとり隔離され、最初の数カ月は友達も出来なかったこともあるでしょう。いい歳をして枕を濡らす日も少なくありませんでした。

 なにより辛かったのは(今はとても楽しい)文書館でした。地方役人の文字は、どの角度から眺めても「ミミズ」にしか見えませんでした。毎日「ミミズ」を眺めて、トボトボと家路につく日々が続きました。研究しに来たのに、ロクに史料も読めません。その冬カルムィキアの研究者は、ほとんど文書館に来ることはありませんでした。一週間で閲覧者が私一人のときもありました。おそらく90年代に誕生した民族研究者の数が飽和状態になり、ロシアの好景気も手伝って若手研究者が生まれにくかったのだと思います。カルムィク人研究者から、「エリスタのアーカイヴ史料なんかを読んでも、もはや何も得るものはない」というようなことをしばしば言われ、悔しく思ったのを今でも思い出します。そもそもカルムィク人ですらカルムィク人の歴史の重要性を信じていない状況で、私のような若造に何ができるのだろうか。それが当時の最大の悩みでした。それから春が到来し、友達ができ、良き先生にめぐりあうことができました。このときにできた関係は、今でももっとも強固なものです。これがとても辛く、しかしもっとも楽しい最初の留学でした。

けっきょく何が言いたいのかと申しますと、どんなに暗闇にいようとも必ず朝はやってくるということです。11年かけて大学院を出ることはまったくお勧めしませんが、気長に取り組む姿勢も必要なのではないでしょうか。厳しい局面もあるでしょう。しかし自身の研究テーマに出会ったときの、あのビビビ!っという瞬間を忘れずに、その時の熱い想いを信じて、研究を続けてください。そしてちゃんと食事をとり、健康に常に気を遣うことをおすすめします。これが私から皆さんへのメッセージです。どうもありがとうございました。

(2015年4月15日)


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